青森山田サッカー | 背番号の系譜とその破壊者| 歴代10番と7番

青森山田高校サッカー部の背番号には系譜があったんですね♪

かつては日本代表の「柴崎岳」が高校一年生からつけた背番号10番。

そしてダブルエースナンバーと呼ばれる背番号7番。

この系譜は2015年から始まりました。

2015年、東京ヴェルディユースから転入した「神谷優太」が伝統の背番号を10番と付けると、2年生の「高橋壱晟」が背番号7番を付ける。

そして3年生となった「高橋壱晟」は「神谷優太」の10番を引き継ぎ、新10番となる。

以降、背番号7番を付けた選手が、翌年背番号10番を担うという系譜が出来あがったのだ。

その系譜は脈々と受け継がれ、「郷家友太」→「檀崎竜孔」→「武田英寿」が7番を背負い、翌年にエースとして10番を背負った。

しかし、2020年、強烈な個性を持つ彗星が現れた。

青森山田中学校でキャプテンを務め、鳴り物入りで高校に入ってきた「松木玖生」である。

中学生時代には青森山田高校のセカンドチームで「高円宮杯プリンスリーグ東北」にも出場していたその彗星は、1年生でトップチームのレギュラーの座を掴むと、ダブルエースナンバーの「7番」を背負う。

そして2年生になると真のエースナンバー「10番」を背負い、ボックス トゥ ボックス型のオールラウンダーボランチとしてチームをけん引する。

しかし、サッカーの神様はまだ「松木玖生」に頂点を与えなかった。

全国高校サッカー選手権で2年連続決勝で敗退という試練を与えたのだった。

そして10番「松木玖生」は3年へ。

キャプテンとして青森山田部員を鼓舞しながら、自らも一段とスケールアップし、ついには「インターハイ優勝」「高円宮杯プレミアリーグEAST優勝」「全国高校サッカー選手権優勝」という前人未踏の「高校3冠」を掴んだのだ。

松木玖生」は青森山田に一つの、そして大きな歴史を刻んだ。

7番から10番を背負うものとして大きなプレッシャーの中、その偉業を成し遂げたのだ。

そしてその3冠の立役者は2年生、3年生で10番を背負ったため、「松木玖生」以降、7番から10番への系譜はいったんの終焉を見た。

しかし、青森山田にとって10番と7番は重みは変わらないだろう。

青森山田の強さの象徴としての10番と7番は、次のエースに脈々と受け継がれて行くのである。

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青森山田サッカー | 歴代10番と7番

年度10番学年卒業時進路7番学年
2022年度小湊 絆3年(未定)小野 理竜3年
2021年度松木 玖生3年FC東京小原 由敬3年
2020年度松木 玖生2年安斎颯馬3年
2019年度武田 英寿3年浦和レッズ松木 玖生1年
2018年度檀崎 竜孔3年コンサドーレ札幌武田 英寿2年
2017年度郷家 友太3年ヴィッセル神戸檀崎 竜孔2年
2016年度高橋 壱晟3年ジェフユナイテッド千葉郷家 友太2年
2015年度神谷 優太3年湘南ベルマーレ高橋 壱晟2年

東京ヴェルディユースにも背番号の系譜があるみたいですよ!

U18
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